ブエノスアイレスの心を持つ日本人・冴木杏奈さんが ピアソラへ想いを込めたニューアルバムをリリース
今年はタンゴの歴史を塗り替えた作曲家アストル・ピアソラ没後20周年です。
コンサートやショーでピアソラの曲「ロコへのバラード」「3001年へのプレリュード」をいつもコンサートやライブで歌っている歌手が日本にいます。彼女は最後のピアソラの東京公演で(ピアソラに個人的に会ってはいませんが)その演奏に深く感動し、ピアソラの曲が歌える立派な歌手になりたいとその時、心に誓いました。
彼女の名は冴木杏奈さん。ピアソラに捧げたニューアルバム「レナセレー~不滅のピアソラ~」 が先月ブエノスアイレスで発売されました。ピアソラと組んで数々のタンゴ曲を作った作詞家オラシオ・フェレール作詞の「ブエノスアイレスの傘」「我が死へのバラー ド」ほか、チリの詩人パブロ・ネルーダの愛の歌「マチルデへの小さな歌」、エラディア・ブラスケスの「いつもブエノスアイレスに帰る」などが収録さ れています。
そして彼女は「レナセレー」の前に「TANGOS DEL MUNDO/世界のタンゴ」というエレクトリックで現代的なタンゴをTANGOLOCO「タンゴロコ」バンドと作成、2010年、2011年にアルゼンチンと日本をツアーで回っています。
冴木さんは25年前、日本人の作詞・作曲による「タンゴ プリマベーラ」でデビューし、その後本場のタンゴを歌うようになり、レオポルド・フェデリコ、セクテートタンゴ、ホセ・コランジェロの日本全国ツアーに参加されました。
冴木さんは25年前、日本人の作詞・作曲による「タンゴ プリマベーラ」でデビューし、その後本場のタンゴを歌うようになり、レオポルド・フェデリコ、セクテートタンゴ、ホセ・コランジェロの日本全国ツアーに参加されました。
「当時、アルゼンチンへ渡り、ブエノスアイレスの地を踏んで、初めてタンゴを聞いたときに受けたインパクトのある歌詞が理解できました」「ダンスを習 って、リズムを体で感じることができました」とコメントしています。
冴木さんは歌うとき、歌詞を勉強し何を歌っているかを分かろうと努力されています。日本人にも分かるようにと、このアルバム のために、オリジナルの詞を尊重しながら、日本語で詩を書いています。ですので彼女が歌う歌はスペイン語、ルンファルド、日本語が自然な形で混ざってい るのです。
「想い」という世界の歌をタンゴにしたアルバムがあり、この中の「アルフォンシーナと海」に感動したメルセデス・ソーサが冴木さんをフォルクローレの世界 へと導きました。そして出来たのが「あなたに愛を捧げます」、誘った当人のほかにレオン・ヒエコ、テレサ・パロディ、リリアナ・エレーロ、ベロニカ・コン ドミといったアルゼンチンフォルクローレ界の重鎮たちが参加した特別なCDが2009年にレコーディングされました。
昨年のコスキン国民フォルクローレ音楽祭で、彼女のフォルクローレの母である故メルセデス・ソーサに敬意を込めて歌われました。
アルフォンシーナと海(コスキンフォルクローレフェスティバル)
今年2012年8月公開の映画「わたし」の人生(みち)~我が命のタンゴ~では準主演で出演し、主題歌「命のタンゴ」を歌っています。また今年は、アルゼンチンタンゴに登場する人物を描いた話を歌い語り踊る天使の役で音楽劇 「天使のダイアリー」が3、7月に日本で上演されました。
私は、杏奈さんとともにアルゼンチンや南米の街を訪れ、光栄にも日本ツアーにも参加しました。一曲一曲、想いを込めて歌われる杏奈さんの歌に聴衆は一瞬のうちに虜にされます。会場と一体になりショーの最後はいつも大喝采となります。タンゴの歴史が無い国でも同じです。
冴木杏奈さんはアルゼンチンの音楽を世界に広めてくれるアーティストの1人です。
お気に入りの曲:カンタル エス ビビル(歌うことは生きること)
・上記の記事はAlternativa Nikkei (アルテルナティバ ニッケイ)日本文化紹介タウン誌・7月号に執筆した Anna Saeki, nuevo album dedicado a Piazzola スペイン語記事の日本語訳です。ブエノスアイレスで冴木杏奈さんを応援している越智桂子さんに翻訳していただきました。
冴木杏奈オフィシャルサイト www.annasaeki.com